世界一周~バックパッカーズハネムーン~
新婚旅行で海外世界一周!旦那はバックパッカーだが、嫁はバックパッカー経験0。2005年9月20日から約2年かけて地球を東回りに一周します。 東アジア→北米→中南米→ヨーロッパ→アフリカ→中東→南アジア


PROFILE
あきら&メグ
  • Author:あきら&メグ
  • mixi:あきら@世界一周&メグメグ
    2005年9月20日より世界一周ハネムーンに出発!豪華な旅は出来ないが、心は豊かにを目指します。まずは新鑑真号で上海へ。。。タイに向かい、タイをスタートに地球を東回りで一周。
    写真はメキシコ、カンクン沖の島、イスラ・ムヘーレスの夕日。本人出演。
    二人ともタイマッサージの総本山ワットポーで資格を取得。タイマッサージセラピストです。

    ☆携帯版URL☆
    http://aroundtheworld.
    blog17.fc2.com/?m


    ☆旅の軌跡☆↓クリックすると地図が出てきます。
    世界一周準備編(東アジア)
    世界一周スタート!(北米編)
    いよいよ突入!(中南米編)
    高いぞ!ユーロ!!(ヨーロッパ編)←現在地
    ちょっとだけ!?(アフリカ編)

    今は…2008年10月20に帰国!!!大阪の新居に移り、
    社会復帰へ向け勉強の毎日です


    <バックパッカー部門>



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    ワットポーでマッサージ修行(バンコク)
    11月20日晴れ
    居心地の良かったヤマトGHを朝6時半、トヨタのカムリ6人乗りで出発して、国境を目指す。

    やまとGH前にて

    ガタガタ道(想像していたよりはマシだったけど…)を運転手が飛ばしてくれたおかげで、国境に朝9時半には到着。
    カンボジア出国は簡単だったけど、タイ入国に1時間以上もかかった。係りの人が少ないのと、一人一人に時間をかけすぎるせいだ。並んでいる間、後ろからタイ人が何度も順番を抜かそうとしてたけど、皆で阻止。他の外国人たちにもあきれた顔で見られていたそのタイ人は、悪びれた様子もなく、
    「失敗しちゃった。エヘヘ~。」
    って感じで、少し笑えた。

    カンボジア側国境  タイ国境へ

    バンコクまでは列車移動。初めは遠足気分で楽しかったけど、あまりの長時間さに疲労はピークに達した。
    リョウくんの案内で、バンコクでの宿、タイグリーンGH(ダブル120B)は満室で、仕方なく向かいのアップルGH(ダブル200B)へ。
    …今までで一番汚い宿だった。明日になれば、タイグリーンGHに空きがでるという事だったので、とりあえず今夜は宿泊する事に。そして次の日、早速、移動した。

    タイグリーンGH前にて  タイグリーンの黒子猫  猫と就寝中のあきら

    11月23日。今日からワットポーでマッサージを習う。毎日6時間の5日間コース。日本でも年に何回かしかマッサージを受けない私でも、ちゃんとマスターできるのかしら…??
    生徒はほとんどが外国人。久しぶりの英語は全く理解できず、不安はつのるばかり。
    初日の今日は、午前中に先生によるデモンストレーション。う~ん、この技すべてをこの短期間で習得するとは如何に…。以前卒業したあきらは「あきらはティーチャーな」と言われ、英語で白人に説明していた。
    私の先生のコブリー(ニックネーム。本名Purrawat)は、イタズラ好きなおちゃめなオジチャンって感じ。

    夜は昨日、偶然カオサンで再会したアラキくんと待ち合わせ。彼とは記念すべきスタートの上海行きの船で知り合った。すっかり旅人らしくなっていて、初めは誰だか分からなかったくらい。何だか大人になっていた。
    さて夕食だ~と歩いていたら、今度はラサで出会ったコウジくんと再会。旅している人たちは、こんな偶然はけっこうあるみたいで、私一人がビックリしてる…。

    ワットポー三日目。最初は、親指で押す位置が分からず、首をかしげながらマッサージしてた私でも、何とか形になってきた(…気がする)。あきらにマッサージの順番の流れを教えてもらって、二日後の試験に向けて宿でも練習練習!…と思ってけど、眠気に勝てず、30分でウトウト。四日目の授業は試験練習みたいだし、大丈夫だろう~とか思いつつ就寝。

    11月26日。今日は私たちの友達であり、あきらのマッサージの師匠である森君(←大阪のタイマッサージ店、ヌワットタイの店長)との待ち合わせの日。彼とは出発前からタイで再会する約束をしていた。ルンピニーナイトバザールのビアガーデンのカオマンガイ屋台前という、具体的で分かりやすい場所での待ち合わせ。ところが、以前は一つしかなかったビアガーデンが、何と4つに増えていた。一体どのビアガーデン??公衆電話で連絡しようにも、なぜかコインは吸収されるだけで通話できない。あきらと手分けしてすべてのビアガーデンをまわり、目星をつけたビアガーデン(カオマンガイ屋台がそこにしかなかったから)で運よく出会う事ができた。携帯電話なしに海外で待ち合わせるのって、難しい…。久しぶりに会った森君は、タイにきてまだ数日なのにすっかりタイスタイル。海外で日本の友達に会うのって不思議だけど、嬉しかった!

    そしてワットポー5日目。とうとう試験日。本番の3時までの練習では自信があったものの、いざ試験となると順番が思い出せない所が多数あり…。相手のタイ人の女の子が教えてくれるものの、どう考えても違う。試験官の先生に目で助けを訴え、教えてもらいながらやっと終了。そして無事に卒業!…でも、卒業証明書の写真を別人だと言われた。しかも、写真を見たすべての先生に。確かに旅出る前に撮った写真だけど、そんなに変わった…??そして、それは明らかに、良い方に変わったのではないようだった。

    ※1B=3円
    (めぐ)


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    【2006/02/23 10:09】 タイ | TRACKBACK(1) | COMMENT(1)

    感動!!の初遺跡(シェムリアップ)
    今日の夜行バスでメキシコシティへ!ここサカテカスの宿(HOSTEL VILLA COLONIAL)は素晴らしく5泊もしてしまい、離れるのがサミシイ…。
    それでは、写真たっぷりのシェムリアップ編をお楽しみ下さい!



    11月14日晴れ
    プノンペンのキャピタルホテルから8時半発のバス(2万リエル)でシェムリアップへ。
    ネットでいくつかのGHを調べていたので、早速、見てまわる事に。超有名日本人宿タケオGHの日本食にも興味はあったけど、南国のリゾート地を思わせる「やまとGH」(ツイン$6)に決定。

    このGHのオーナーの堀内さんはまだ26歳という若さなのに、どこか落ち着いていて、でも、ラピュタの物真似をしてくれる面白い人だった。愛犬のリリーがまた可愛いんだなあ~!リリーの堀内さんに対する忠誠心はすばらしくて、堀内さんと離れては暮らしていけないだろうなあって思うくらい。

    やまとGH やまとGHのWルーム 堀内さんと愛犬リリー

    次の日、堀内さんオススメの遺跡、コーケーとベンメリアへ。この二つは最近行けるようになったらしくて、遠くてバンをチャーターしなくちゃいけないけど、その価値はあるらしい。私たちはタケオGHの宿泊者にも声をかけて合計7人で出かけた。
    クメール帝国の遺産の一つであるコーケー。その偉大な遺産の地域にも、今だ多くの地雷が残っている。カンボジアの全ての地雷が撤去されるのはいつの日だろう。
    うっそうとした森の中の遺跡は、私たちを探検者にしてくれた。高さ35メートルの7層のピラミッドの上からは、360度の大パノラマが広がっている。どこまでも続く深い緑と青い空。その静寂さの中にいると、今がいつの時代なのか分からなくなってしまう。

    コーケーのピラミッド コーケーのピラミッド2 ピラミッドからの眺め

    次にベンメリア。ここは、まるでラピュタの世界!で、特別コースで中をめぐらせてくれた。まるで迷路に迷い込んでしまったかのよう。しかも、地上ではない何処か上空の遠い世界に…。ここでは、堀内さんのラピュタのナレーション付きで、その夜は宿で「天空の城ラピュタ」の上映会という、最後まで楽しめたツアーだった。

    ベンメリアへ行く途中の村で ベンメリア ベンメリア2


    三日目、アンコール遺跡3日券($40、入り口で買える)を買って、アンコールトムの顔とも言える、バイヨンへ。いたる所にレリーフがあって面白い。亀や魚、そして鹿などが同じ所にいる。水中?それとも地上?不思議な場面が多くて、飽きずに魅入ってしまった。
    夕方、プノンクロムへ夕日を見に行く。スコールの後だったけど、完璧な夕日を見る事ができて満足!あきらの撮影意欲も絶好調みたい。ここはまだ観光客が少なくて、地元の人しかいなくて穴場かも?写真を撮っている人もあきらを含めてたった3人。
    トゥクトゥクで夕日に向かう姿は、なぜか〝太陽にほえろ〟を思い出させた…。

    プノンクロムの夕日 プノンクロムの夕日2 プノンクロムの夕日3


    次なる目的の朝日は、アンコールワットでという事で、まだ夜も明けぬ朝5時前に出発。あいにく曇りがちな空。でも、それはそれで荘厳な夜明けを堪能できた。それにしても、こんな朝早くから観光客の多いこと!滞在中何度か訪れたけど、アンコールワットはいつ行っても観光客であふれていた。

    アンコールワットの朝日 アンコールワットの朝日2 アンコールワットの観光客


    ※US$1=4000リエル
    (メグ)


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    【2006/02/21 05:46】 カンボジア | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)

    怪しさ漂う首都と内戦の記録(プノンペン)
    11月11日快晴
    朝8時45分ホーチミン発のシンカフェツアーバスでプノンペンへ向け出発。陸路でプノンペンへはもちろん、ローカルバスを乗り継いでもいけるが、乗り換える度に交渉が必要なため、うまくいっても少ししか安くならない。ツアーバスで行くのが一般的である。($6でキャピタルホテルまで)もちろん、安全面でもこちらの方がいい。といっても、もはや僕たちには盗られるようなものはないのだが。

    半ばやけくそ気味で出発するも、バスは無事11時頃ボーダーに到着。ベトナム通貨のドンは国境を越えるともう役に立たないので、ここで初の闇両替を利用した。闇と行ってもすごく堂々としていて、持ち金の31000ドンを見せると7000リエルとふっかけてくる。ネットで前もって調べておいた1ドル=16000ドン=4000リエルというややこしい計算を炎天下の中でしつつ交渉した結果、7500リエルで決着。やはり帰る振りが一番効く。少し歩き出すと、あわてて追いかけてくる。

    この旅2度目の国境越えは、ベトナムの出国はスムーズにいった。そしてカンボジアに向け通路を渡ると、左手に小さなイミグレがあった。何人か白人といっしょに渡ったが危く見逃しかけ、引き返す。ここには入国書類の記入時にいろいろと教えてくれたカンボジア人がいて、最初はカンボジア側のツアー会社のスタッフかと思っていたが、チップを要求され(要は全く関係ない人間)無視。

    とにかく、無事に3カ国目のカンボジアに入国した!ここでバスを乗り換えた(急に小さくなった)。
    カンボジア側を1時間も走れば景色は激変。地平線が見えそうな平野にぽつんぽつんと背の高い木がある。これはただ風土的なものだけなのか、それとも戦争、内乱の影響なのか?なんだか感傷的になりイマジンを聴いた。

    途中でなにか大きな音がなったと思ったら、タイヤがパンクしていた。さらに溝のないスペアタイヤに履き替えている間に(妙に手馴れていたが、よくある事なのだろう)、地元の高校生たちと出会う。自分たちの住む村まで一時間かけて自転車通学らしい。学校で習った英語と日本語を試したいようで、両方交えてしゃべった。前回(約7年前)にシェムリアップに行ったときも思ったが、カンボジアの子供たちはすごく向学心が高い。長年続いた戦争と内戦が終わり、ようやく勉強ができる環境が整ったからかもしれないが、もともと民族的にカンボジア人は優秀だと聞いたこともある。まじめで純粋なカンボジア人を僕は好きだ。

    国境近くで学生たちと

    大きな川(池??)を渡るためにバスごとフェリーに乗り込む。その順番待ちをするバスの周りに、子供たちが群がる。その小さな手にはコーラ、スナック、パン。断っても断っても売りつけてくる。中にはウインクをしてくる売り子(男の子、誰が教えたんだ??)もいて、思わず笑うと三度売りつけてくる。でも意外と擦れてなく、コーラを値切りつつ話をしていると子供らしい笑顔も垣間見せる。バスが動き出した後、振り返るとそのまま遊んでいた。彼らにとってはもちろん商売なのだろうが、遊びの一環なのだろう。
    それをさせている親は違うだろうが…。

    19時頃、日暮れ前にプノンペン、キャピタルホテル前に到着。前述したが僕は以前学生のときにカンボジアを訪れたことはあるが、首都プノンペンは今回が初めてだった。アンコール遺跡群があり、圧倒的に観光地であるシェムリアップとは違い、やはり少し緊張する。
    アジアを回るバックパッカーにとっては超有名宿キャピタルホテル。その周りにはバイタク(バイクのタクシー)ドライバーたちが控え、カンボジア事情に慣れない旅人の外貨を狙っている。
    暗くなりきる前にキャピタルホテル周辺のホテルをいくつか回り、結局キャピタルホテルに泊まることになった。悪名高いわりには意外とましな部屋だった。(Wで6ドル)
    暗くなったので、安全を考え宿で夕食を取った。(一品5000リエル程度)

    キャピタルゲストハウス キャピタルゲストハウスのツインルーム キャピタルから見たプノンペン市街

    翌日は朝からキャピタルツアーを利用してキリングフィールドを訪れた。
    英語が堪能な女性ガイドが案内してくれたそこは、まるでただの原っぱ。真ん中に塔があり入ってみると、おびただしい数の頭蓋骨が積み上げられていた。ガイドによると、これがキリングフィールドで処刑された人たちで、最初は銃殺だったが途中から弾をしぶり、殴殺になったとのことだった。言われてみると、確かに頭蓋骨に陥没のあとがある。
    その塔の周りにはいくつかの大きな穴があり、ここで殺されたとのこと。処刑者自身が穴を堀り、掘り終わると殺される。掘るのが遅くても殺されたらしい。その処刑者とは知識者や、実力者、働き盛りの青年。つまりポルポトの独裁政権に疑問を持つものや、覆す可能性のあるものたちが全て殺された。残された家族たちには、連れ去られたものは中央で働いていると伝えられていたそうだ。
    ポルポト政権転覆後、キリングフィールの穴は白骨で埋まっていた。それを伝える写真も慰霊の塔の隣の建物に展示されていた。合掌。

    キリングフィールドの犠牲者 納骨堂 キリングフィールド当時の写真

    さらにその翌日、拷問博物館を訪れた。キャピタルからバイタク(単車のタクシー)で2000R(3人乗り。アジアでは家族全員の4人乗りも珍しくない)。高校の校舎を利用した元収容所に、拷問される前の写真が並んでいた。何教室にも渡って。これが死を悟ったものの顔なのだろうか。さらに進むと、どのように拷問されたかという描写と、拷問器具、拷問後の写真があった。地獄絵図だ。見ている内に気持ち悪くなってきたが、このような歴史事実は記憶に残さなければならない、という義務感でさらに進む。
    奥にはキリングフィールドの写真が多数展示されており、昨日見た平和な草原が急にリアルになった。その反対側の教室には拷問で使われたベッド、2階は収容所になっており、一人当たり半畳ほど。3階にはポルポトの写真があり、ありとあらゆる国の言葉で悪口が書かれていた。

    拷問された子供たち 拷問された人たち 拷問で亡くなった人

    平和な国に平和な時代に生まれたというのは本当にラッキーなことである。
    僕が生まれた1977年にもしベトナムやカンボジアに生まれていたら、世界一周などは出来ていない。それどころかはたして夢や希望を見ることが出来ていただろうか?自分の意思で生まれる国を選ぶことは出来ないが、自分の国が平和を維持することや、復興しようとしている国に対して、小さいながらも手助けをすることができるだろう。
    自分には何が出来るだろうか?僕だから出来ること、僕にしか出来ないこと。それは…?


    その晩、気をつけながらも初めて夜に近所に外出した。キャピタルから100mほどのところに屋台街があった。まったく英語が通じないので、ガイドブックに載っている簡単なカンボジア語で肉入り焼き飯と焼きそば、ビールを注文。ビールはアサヒだった。(アサヒビールで2500リエルだったのでおそらく現地生産)たくさんのカンボジア人の客たちの活気に満ちた雰囲気の中で食べたそれらは、めちゃくちゃ旨かった。

    キャピタルの近くの屋台 牛肉焼き飯


    ※US$1=4000リエル
    (あきら)


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    【2006/02/20 07:53】 カンボジア | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

    日本語が打てない!
    アメリカ大陸に入って以来、ネット代も高くて無線ランがあるところ以外はブログが更新できない!
    ということは以前も書きました。

    でもそれ以上に問題なのが、日本語フォント!
    まず、読めない!
    そしてたまに読めても、書けない!!

    日本語ソフトをダウンロードしたくても、管理人の許可が必要。
    そしてその管理人はパスワードを忘れている…。
    何件かネット屋を探して、日本語が読めてもこれではたまりません。
    なんとかできるのかもしれないけど、プログラム名が基本的にスペイン語なのでさっぱり。
    これは今までもアジアでもよくあった問題で、中国などでは漢字が分かるのでパソコン初心者の僕でもインストールできるところでは何個か試行錯誤の末やってきました。

    つまり、今海外で日本語が使えるネット屋のほとんどは先人(日本人バックパッカー)の大変な努力の結果なんですねぇ。すごい!!(パチパチ)←拍手

    で、今これを書いている僕はどうやっているかというと、一度自分のパソコンでこの文章を打った後、それをHTMLファイルで組んでしまう。そうすると、デザインとして扱われるので海外のパソコンでも文字化けしないのです。逆にこれをしないと例え、日本語フォントが入っている海外のパソコンでも文字化けしてしまう。で、それをUSBメモリに入れて、貼り付けてるんですね。
    これが意外と大変。改行もいちいち打ち込まないといけないし。
    ただ、USBメモリにしてから大分楽ですね。以前はフロッピーディスクでやってたんですが、
    むしろフロッピーディスクドライブが備え付けてないところが多く、大変でした。
    そんな感じで、今ほど現在地およびルート、ブログのコメントに対する返事も更新しておいたので、見てみてください。

    ですので、ブログとかメッセージの返事とか遅れ気味になってしまいますが、気長にお待ちください。
    (言い訳??(笑))

    そして、返事がローマ字とか英語で読みにくくても我慢してください。
    メッセージ&コメントは返事が遅くてもちゃんと読んでますからね~!!
    このブログ及びmixiに対するコメントは本当に助けになっているんですm(_ _)m


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    【2006/02/19 09:43】 お知らせ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

    ベトナム戦争の記録(ホーチミン後編)
    警察へ行った翌日、ようやくホーチミン観光に行くことにした。朝食に昨日食べたフォー屋台へ行ったが、10時になっていたせいか閉まっていた。スープはこっちがあっさりしていたが鳥肉は隣の方がうまかった。同じフォーガーでも、屋台によって味が違っていて面白い。

    昨日の1件でかなり疲れていたし、ホーチミンの熱い昼間を避けるために昼寝してから戦争博物館へ。(市バス#157、2000ドン)
    入り口付近にベトナム戦争当時使用した戦車、戦闘機、爆撃機があって、すごくカッコいい。中に入ると、戦時に撮影した写真が展示したあった。全滅させられた村人たちの死体、ベトナム兵に対する拷問、アメリカ兵が殺したベトナム兵の首を誇らしげに掲げ記念撮影、などの吐き気がするような写真ばかりだが目が離せない。体中を銃でボロボロにされたベトナム農民をアメリカ兵が持って、笑っている写真が特に印象的だった。戦争は人を狂わせる。
    その博物館を出た後は、兵器がカッコよく見えなくなっていた。

    ベトナム戦争博物館    ホーチミンの通勤ラッシュ

    その帰り道。ものすごい大渋滞だったため、バスはあきらめて歩いて宿まで帰った。通勤ラッシュももちろんあるだろうが、学校に女生徒を迎えにお父さんらが大挙してやってきているのがほほえましかった。でもこの人たちはこんな早くから娘を迎えにきて昼間何をやっているんだろうか?
    そういえば、ここだけでなくベトナム中で昼間から道端で座ってぼーっとしている男たちをよく見た。働いているのはいつも女の人だ。ベトナムでは女の人の方が働き者なのだろう。日本もそうなりつつあるかな?

    ※US$1=約16000ドン
    (あきら)


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    【2006/02/18 02:24】 ベトナム | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

    盗まれた!!(ホーチミン前編)
    11月8日晴れ
    ニャチャンからのツーリトバスはすごく空いていた。ベトナムのツアーバスはシンカフェとキムカフェという、二つの大手がある。シンカフェは混むという噂だったので、キムカフェにして良かった☆前後に人もいなかったので、フルリクライニングで寝ているともうホーチミンについてしまった。
    あわてて、バスを降りる用意をした。乗客はもうみんないない。しかし、えらく早朝に着くものだ。まだ6時前。それでも、バスを降りると宿の呼び込みが群がってきた。ひさしぶりに激しい。こっちはまだ預けた荷物も背負ってないのに、手をひっぱっていこうとする。中には荷物を宿まで運ぼうとする人もいる。とりあえず、メグに目星をつけていた宿を見てきてもらうことにして、僕は荷物番をしていた。
    しばらくすると、また別の呼び込みが来た。
    「今、連れにホテルを見に行ってもらっているから」
    と断ってもしつこい。同業と思われるヤツが僕のショルダーバックを持ち、運んでいった。
    英語が通じないようなので、ヤツに通訳してくれ、というと、「あんなヤツは知らない」という。

    あわてて、さっきいたヤツを見るともうかなり遠いところを走っていっている。追いかけようにもこのバックパック2つから目は離せない。近くに仲間がいるかもしれない…。

    盗まれた!!

    なんということだ!信じられないが、確かに目の前にショルダーバックはない。
    中には、パソコン、電子手帳、カメラなどなど、かなり高価なものばかり入っている。ホテルの呼び込みを装うとは…。

    しばらく、呆然としているとメグが帰ってきた。見つけてくれたホテル『XINH HOTEL』(7ドル/ツインルーム)に行き、事情を話し、警察の場所を教えてもらった。
    ここファングーラオ(ホーチミンの安宿街)ではひったくり、置き引きの被害が多発しているようで、以前も宿泊客に案内したことがあるとのことだった。過剰にベトナム人を警戒するようになっていた僕たちには、そのやさしさが嬉しかった。

    シンホテル    XINH HOTELのツインルーム

    慣れない町をうろついて、ようやく警察にたどり着き、盗まれた事を訴えるが、英語が通じない!ファングーラオ(←つまり超旅行者エリア!)なのに~!!
    「ホテルの人(通訳)連れてこい」という、片言の英語を聞いたので出直す。
    ホテルに戻って事情を説明すると、レセプションの人は納得してくれたけど、「今はオーナーがいないから、離れられない」とのこと。その人とは次の日の朝の約束をして、警察にそのことを告げに再度行くが、「何故連れてこない!?」の一点張り。ホテルの人間が都合が悪いことはまったく通じない。とりあえず、
    「トゥモロー、トゥモロー!OK??」
    と言い、これだけはどうやら理解してくれたようだ。

    翌日。戦いを前に、とりあえず朝食をとることにした。歩いているとおいしそうな屋台を
    発見。フォーだ。しかもフォーガーだ!この鶏肉入りのフォーはハノイではなぜか夜食用のようで(ハノイのホテルの人にそう言われた)、朝は牛肉だった。でも、フォーはやっぱり鶏肉、しかも朝なら絶対こっちだ。(フォーガー1杯5000ドン)

    ホーチミンの朝の屋台    フォー

    朝食の後、ホテルの人といっしょに警察に向かう。しかし、なかなか調書を書いてくれようとしない。盗まれたことを信じようとしないし、ようやく盗まれたの物のリストを書かしてもらったっと思ったら、今度は「多すぎる」と言う。ようするに、めんどくさいから調書を書きたくないのだ!このあたりは中国といっしょである。
    旅行者保険のこともあるので、盗まれたもの全てを調書に書き込みたかったが、しかたなく言われたとおりの3つに絞る。英語の調書は自分で書かされたので、せめてもの抵抗で"the others"と書いておいた。なんとか、調書をもらえたのは3時間たってからのことだった。書き終わる直前に、「日本食は好きか」と聞かれたので、好きだと答えると、「日本食レストランに俺の妻が働いている」と誘われた。

    しっかりとたかられた。

    (ホーチミン後編へ続く)

    ※US$1=約16000ドン
    (あきら)


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    【2006/02/11 04:38】 ベトナム | TRACKBACK(0) | COMMENT(7)

    のんびりリゾート気分??(ニャチャン)
    ※ホーチミンで盗まれたデジカメデータもここからはあるので、写真掲載復活します!それでは、ベトナム・ニャチャン編、どうぞごゆっくり~

    11月4日曇り時々雨
    この旅初のビーチリゾートへの期待を胸に、ニャチャンへと移動するけど、残念ながら天気はイマイチ…。でも、ここではダイビングをする予定。晴れてくれると良いんだけどな。
    ここでの宿は〝御父参〟(W一泊$6、一泊目は$5にしてくれた)。この宿の一階はフロント&居酒屋カフェになっていて、マグロのお刺身冷奴など、日本食満載で嬉しい限り。

    御父参  曇り空のニャチャンビーチ  ニャチャンビーチ

    この宿で知り合った有香さんと日本酒を飲んだりと、まさに居酒屋気分。彼女も一人旅。旅して知ったんだけど、結構、一人旅の女の子は多くて、彼女たちはとても楽しんで旅している。私もいつか一人旅してみる…??

    ここ居酒屋カフェのベトナムコーヒーも美味しく、それを朝飲むことが私たちの毎日の日課となった。旅慣れている主人に、従業員のベトナム人の女の子たちの無邪気さに思わずこちらも笑顔になってしまう。
    その内の一人の女の子と仲良くなり、食べに行く事になった。中国風な円卓の上に次々と並べられる料理の品々。う~ん、この支払いは一体どうなるんだろう?…と心配はあったけれど、久しぶりの豪華な食事に心は弾む。予想通り食べ切れなかったけど、ベトナムでは食べた事のない物ばかりだったから、満足!

    ニャチャンの晩餐


    ニャチャンの屋台では、ベトナムのデザートであるチェー(フルーツがたくさん入った〝あんみつ〟みたい)に挑戦。お店によって味もそれぞれで、甘いもの大好きな私は毎日食べに行った。ニャチャンは人ものんびりしていて、ボッてくる事もないから、安心して屋台巡りができるんだなあ~。ちなみに御父参の近くで3000ドン。

    三日目、天候は今ひとつだけど、ダイビングをする事に。
    ショップをいくつか回って、値段も安く対応も良かったRainbow Diversに決定。一年以上ぶりのダイビングに緊張したけど、セッティングはすべてスタッフの人がしてくれて、楽チン楽チン♪…(あきら曰くこれを殿様ダイブというらしい。ってことは私はお姫様??)でも今後、一人でできるのか大いに不安だなあ~。1ダイブ目は久しぶりすぎて、潜る事に精一杯だったけど、2ダイブ目は景色を楽しむ余裕が出てきた。でも、せっかくのキレイな海は濁り気味で透明度はだいぶ低い。本当に残念。天候だけはどうしようもないかあ~。でも、カラフルな珊瑚は堪能できたから良かった!

    ニャチャンでは最終日だけ晴れるという運悪い結果となり、結局、宿で漫画を読む時間が増え、ここでは〝ブラックジャック〟全巻を読破しちゃいまいた。
    宿の一階のソファでまったりと過ごす、これもある意味リゾートかしら??


    ※US$1=約16000ドン
    (メグ)

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    【2006/02/09 04:08】 ベトナム | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

    嵐の中の移動(ホイアン)
    11月1日雨
    ハノイからホイアンまでバス移動!…が、海岸線を走るバスに容赦なく降り注ぐ雨。ベトナムの雨は一味違うなあ~と思っていたら、突然、バスガイドらしき男の人のアナウンス。
    「タイフーン!タイフーン!」
    リスニング力の落ちている私でも理解できるくらい、彼は台風を連発していた。隣りのあきらに訳してもらうと、ホイアンは超大型の台風直撃らしく、交通状況もかなり悪いとの事。周りの外国人たちの間にもどよめきが…。しばらくすると、バスガイドの「ノー、プロブレム!ノー、プロブレム!」という声がする。どうやら、時間は遅れるものの、無事に到着できるらしい。バス内の歓喜にあふれる声に、乗客たちのテンションは上がる。

    嵐の中、あるホテルの前にバスは到着した。私たちの目指すホテルの場所を聞いて、あきらが大洪水の道路を、膝までつかりながら歩いて探しに行くが、フロントで聞いた方向とは正反対だったらしく、さっさとその意地悪なホテルを後にした。

    Hop Yen Hotel(W$7、ユースのカードで交渉したら一泊目は$6にしてくれた)の人たちはずぶ濡れの私たちを暖かく迎えてくれた。嘘の道を教えた意地悪なホテルにしなくて本当に良かった!

    次の日、台風一過の町を散策してみた。川沿いの市場は氾濫により水浸しになっていたが、それにもめげず、営業再開していた。そのタフさにベトナムらしさを感じた。そこでバイン・ミーを初めて食べた。これはフランスパンを使ったベトナムのサンドイッチで、肉の種類を選んで、野菜と一緒にはさみ、仕上げにニョクナム(魚醤)をかける。これが意外に合って美味しい。しかも安い!大体、3000ドン前後。これからの私たちの常食となった。

    町の外は水浸しになってるとのことだったので、ホテルでほとんどを過ごした。ホテルの居心地は良く、日本の漫画が置いてあった事もあって、ここで一気に“バカボンド”&“20世紀少年”を読破してしまった。

    そうそう、近くの市場のオカマのハナちゃん(自称)に誘われて、アオザイを作るかどうか迷ったけれど、長旅の荷物になるし、結局今回はあきらめる事に。
    後で、あきらに
    「アオザイ作って欲しかった…」
    と言われたけど☆

    ※US$1=約16000ドン
    (メグ)

    【2006/02/08 16:51】 ベトナム | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)

    試練?の街(ハノイ)
    10月29日 曇り時々雨
    初国境越えも割りと簡単に手続きが済み(健康保険料という名の検温代は取られたけど…2000ドンまたは2元)、ベトナムへ入るなり、タクシーに声をかけられる。ランソンのバス乗り場までと言ったのに、ガソリンスタンドへ連れて行かれた。そこには一台のワゴン車が…。

    やられた…!

    そう言えば、途中、何度も携帯電話で怪しいやりとりをしていたような…。まだたっぷりと残っているガソリン。何故、ガソリンスタンドへ?と訝しく思ってはいたものの、まさか早速、こうくるとは…。おじさんはわざとらしく、「あ!ハノイ行きの車だ!」と言って私たちを車から降ろしたけど、絶対にグルだ。
    ハノイまで一人100元と言われ、ゴネてると
    「君たち(←他から連れて来られた外国人がすでにいた)は乗らなくていいよ。バイバイ!」
    と。ところが他の人たちを乗せた後、こっそりと「二人で130元でどうだ?」と言ってきた。他にあてもないので仕方なく乗り込む。話には聞いていたけど、早速ボッてくるとは、アンラッキー。

    ハノイに着くと〝YOUTH HOTEL〟に連れて行かれたが、ユース会員とは全く関係のない名前だけの〝YOUTH〟だった。でもだめ元で会員証を見せたら1ドルまけてくれた。(Wで$5。一泊だけ$4)

    ハノイは騒がしい町だった。元気な時なら良いけど、今の疲れた私にはキツイ。道路いっぱい走っているバイクのHONDAのマークに少しだけホッとする。

    ハノイ三日目はバッチャン焼きツアーへ。宿でバイタクを二台頼んだけど、途中、運転手の一人のガールフレンドらしき女の子も乗せる事になった。ついでにどこかまで送るのかと思いきや、結局、最後まで参加する事に。仕事中にデートとは、さすがベトナム…。
    ま、女の子は可愛かったし、その子の前でかっこつけようとしてた男の子もおもしろかったから、いっかあ~。
    バイクから見たベトナムの町並みはなかなかのもので、特に建物には目を奪われるばかり。パステル調の色使いはどれも美しく、フランスの田舎町を思わせた。アジアではないかのようなその風景は、私にとっては新鮮だった。

    ※US$1=約16000ドン=8元
    (メグ)
    【2006/02/06 15:49】 ベトナム | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)

    中国最後の町(南寧)
    10月28日晴れ
    思わず長居した、林さんの旅館とも今日でお別れ。林さん、奥さん、喜多郎に見送られ、「老寨旅館」を後にした。この林さんのところで初日から泊まっていた「大介」といっしょに桂林まで行くことにした。
    ついに、中国最後の都市「南寧(ナンニン)」だ。南寧には桂林からバスで行けるが、桂林に行くためには陽朔で乗り換えなければならない。桂林のバスターミナルの近くでおろされ、なぜかバスターミナルまで歩く。バスターミナルの近くで昼飯。ご飯の上に3品ほどおかずをかけるという、いわゆる「ぶっかけ飯」。アジアの旅の定番食である。中国のは特においしく、ボリュームもたっぷり、しかも安い。ここの店で5元だ。

    桂林のバスターミナルまで大介は見送ってくれた。彼はすでにユーラシアを一年かけて回っており、まもなく帰国とのことだった。僕らの旅はまだ始まったばかりだ。
    南寧行きのバスは今までで一番の豪華さだった。中国で豪華バスというと、名ばかりのものも多いが、ここのは格別。ぜひ利用することをお勧めする。しかも食事付き(パンと水)だった。

    南寧バスターミナルはかなり郊外にあるようで、ここで路線バスに乗り換えた。予想外の出来事に対して、中国語で確認することにも大分慣れてきた。でも次はベトナム。また言葉が分からなくなるが、まぁなんとかなるだろう。
    南寧は北京に似た町並み。しかし、人はやさしく、笑顔を見せる。どうやら日本人が珍しいらしく、ここでは僕らはベトナム人に間違えられた。
    目指す「迎賓飯店」は駅前にあり、すぐに分かった。共同トイレ、シャワーの安い部屋(W45元)だが、部屋もシャワーも割とキレイ。

    中国側の国境の町であるピンシャンまでのチケットを買いに駅に行った。ここで切符を買うときも窓口のお姉さんは冷たい態度であった(もう慣れたけど…)が、最後には笑顔を見せてくれた。なんかだんだんと中国が終わりに近づいていることを実感した。
    その日の夕食は宿の隣の台湾系列の店でとった。新鑑真号で食べた、「鉄板牛肉」がそこにあり、懐かしくなり頼んだ。中国の夕食は鉄板牛肉で始まり、鉄板牛肉で終わった。

    翌朝、7時58分発(5517次、30元。新空調硬座普快←中国の列車はこんな感じで種類をあらわす。)の列車にいつも通りカップ麺とお菓子を持ち、乗り込んだ。初硬座は空調車のためか、思ったよりもきれいだった。2人掛けの対面指定席だが、対面がおらずラッキー。車内でひまわりの種←これがうまいんです!を買って、販売員に「謝々」と言われ、メグが感激していた。そういえば、服務員や店員から礼を言われたのは、すごく久しぶりだった。本当に中国が終わるんだ、と礼を言われたのにも関わらず、うれしいやら、さびしいやら、変な気持ちになった。

    ピンシャンから国境の友諠関まではミニバス。イギリス人夫婦とシェアした。駅前にたくさん待っており、言い値は揃えたように40元だったが、一人が下げたら皆下げた(20元)。
    その最初に下げたドライバーのミニバスに乗った。国境で10元必要という情報もあったが、それは不要であった。
    この旅初めての陸路での国境越えはかなり簡単に手続きが済み、中国とベトナムの間の橋の真ん中に線が引いてあると聞いたので探したが、それは見つからないままベトナムに入った。

    ※1元=14.5円
    (あきら)
    【2006/02/06 05:44】 中国 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)



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